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東京地方裁判所 昭和29年(ワ)765号 判決 1955年8月24日

原告 桜井栄十郎

右代理人 関口保二

右復代理人 小野寺公兵

<外一名>

被告 関東紙業株式会社

右代表者 堀高義

右代理人 渡辺一俊

右復代理人 岩沢誠

主文

被告は原告に対し金百二十三万円、及びこれに対する昭和二十八年四月二十九日から完済に至るまで年六分の割合による金員を支払え。

訴訟費用は被告の負担とする。

この判決は、原告において金額四十万円の担保を供するときは、仮に執行することができる。

理由

一、証人鈴木貞一の証言及び原告本人の尋問の結果、並びに裏書人として「札幌市北一条西三丁目三関東紙業株式会社北海道出張所所長島中幹雄」と記載してある部分は、いずれも訴外島中幹雄が自書してその名下に押印したものであることは被告が自から認めているところであり、その余の記載部分については、右の証言、供述によつて真正に成立したものと認める甲第一、第二号証の各一、二の記載を綜合すると、原告は昭和二十七年九月訴外東光物産株式会社に既制服を販売しその代金支払のために同訴外会社振出の約束手形の交付を受けたが不渡となつたため原告は訴外鈴木貞一を代理人として種々交渉せしめた結果、同訴外会社は右既制服を訴外第三紙業株式会社に転売して原告に決済することにし、一方、訴外第三紙業株式会社はその買受けにかかる既制服の代金支払のため約束手形を振出しそれを親会社の関係にある被告会社から保証の意味で裏書を受けたうえ訴外東光物産株式会社に交付することになり、先ず、訴外第三紙業株式会社は同年十二月三十日被告会社に宛てて、

(一)金額百万円、満期日昭和二十八年三月二十九日、支払地振出地とも札幌市、支払場所北海道銀行本店、と記載して約束手形一通、及び

(二)金額二十三万円、その他の要件前同様の約束手形一通、合計二通の約束手形を振出し、訴外島中幹雄は被告会社北海道出張所長の資格で、被告会社に代つて、右振出日である昭和二十七年十二月三十日右約束手形二通に、いずれも支払拒絶証書作成義務を免除したうえ白地式裏書をなし、原告は同日右代理人訴外鈴木貞一を介して交付を受けてその所持人となつたことを認めることができる。証人島中幹雄の証言中、右約束手形二通は原告の使用人訴外鈴木貞一が訴外第三紙業株式会社から勝手に持ち逃げしたものである旨の供述部分は前掲の証拠に照してにわかに措信できない。

二、訴外島中幹雄が右約束手形二通に裏書した当時、被告会社の北海道出張所長であつたことは当事者間に争いがない。そこで、右手形裏書の被告会社に対する効力いかんについて判断する。

三、原告は、第一に、島中幹雄は被告会社北海道出張所長として、被告会社に代つて、北海道地域における被告会社の営業目的に属する紙製品の販売、資材その他の購入、及び代金又は代金に代る手形、小切手の振出、受領、裏書譲渡等を為す包括的な権限を有していたと主張するので按ずるに、証人島中幹雄の証言及び被告会社代表者堀高義の尋問の結果、並びにいずれもその成立について争いのない甲第四、第五号証、同第六号証の一、二の各記載とによれば、被告会社北海道出張所は昭和二十二年に開設せられたもので、昭和二十七年十二月当時における同出張所の担当業務は、北海道地域において被告会社の製品である大型紙袋及び洋紙の販売と代金の受領、及び被告会社に必要な原料等の買入とその代金の支払(但し、大口のものについては被告会社の直接契約による)等がその主なものであつて、島中幹雄は北海道出張所長として、同出張所の右担当業務につき、被告会社に代つて売買契約を締結し、その代金を受授する包括的な代理権を附与せられており、代金の支払のために約束手形の交付を受けた場合は、多額で被告会社本社のある東京で直接取立てるを妥当とするものを除き、北海道における被告会社の取引銀行である三菱銀行北海道支店、その他で現金化する権限即ち割引及び取立委任のために裏書する代理権を、また、購入した物品の代金等の支払については、小切手を振出す代理権をそれぞれ附与せられていたこと、そのため、三菱銀行北海道支店において被告会社北海道出張所長名義で当座預金の口座を持つていたこと、しかしながら、島中幹雄は被告会社に代つて約束手形を振出し、或いは割引若しくは取立委任のためにする以外の目的で、例えば、他に支払若しくは保証する目的で取引銀行以外の者に裏書譲渡するというような手形行為については代理権がなく、本件の約束手形二通を裏書譲渡するについて特にその代理権を附与せられたこともなかつたことをそれぞれ認めることができる。証人鈴木貞一の証言中、右の認定に反して、島中幹雄は手形、小切手等の処理に関し一切の包括的な代理権を有していた旨の供述部分並びに証人島中幹雄の証言中右の認定と矛盾する部分は前掲の証拠に照し措信し難く、他に右の認定を覆して、島中幹雄には本件の約束手形二通に裏書する代理権があつたとの原告主張事実を肯認せしめるに足りる証拠がないから、島中幹雄が被告会社北海道出張所長として右の裏書をしたことは、その権限を超えて為したものであることが明かである。

三、そこで、次に、島中幹雄は商法第四十二条第一項にいわゆる表見支配人といえるかどうかについて判断するに、同条項にいう支店とはたとえ本店がなくともなお営業を為し得る程度に独立の営業組織を有することを要するものと解すべきところ、被告会社北海道出張所の昭和二十七年十二月当時における規模は証人島中幹雄の証言と被告会社代表者堀高義の尋問の結果とによると、被告が主張しているとおり、事務所は他から賃借している七、八坪位の一室だけで、外に十坪位の倉庫があるのみであり、所員は所長島中幹雄を含めて五名しかいないまことに小規模なものであることが明かであり、また同出張所の担当している前認定の業務については、被告会社の重役が一ヶ月おき位に出向いて販路、数量、単価等、相当詳細な具体的指示監督が為され、単なる主従の関係を超えた、むしろ本社たる被告会社の内部的な指揮に基いてのみその活動を為し得るにすぎない程度の関係にあることをも右の証言、供述から窺い得るのであつて、他に、例えば、北海道出張所の経理の独立、所員の任免権の有無等本社から独立して営業を為し得るがごとき実体を備えていたことを推認せしめるような証拠がないから、同出張所を目して被告会社の支店たる実体を備えたものとはいい難く従つて同出張所長たる島中幹雄を商法第四十二条第一項にいわゆる表見支配人に該当すると認定し、同法第三十八条第三項の規定を適用して被告会社に手形上の責任を問うことはできない。

四、島中幹雄が被告会社北海道出張所長として本件の約束手形二通に裏書したことはその代理権限を超えて為したものであることは前に認定したとおりであるが、この裏書行為を民法第百十条の表見代理行為と認め得るかどうかについて、更に判断を進めるに、島中幹雄が他に支払若しくは保証する等の目的で取引銀行以外の者に手形裏書をする行為については代理権がなかつたという前認定の代理権の制限は、もとより被告会社と島中幹雄との間の内部的な関係に止まるものであつて、公示乃至は告知等の方法で外部に公表されたことを認めしめるような証拠のない本件にあつては、かような内部的関係は一般に知られたものということはできないという事実と、証人鈴木貞一の証言とを併せ考えると、鈴木貞一が原告の代理人として本件の約束手形二通の交付を受けた際、島中幹雄に右の裏書をする代理権限をも有しているものと信じていた事実を容易に窺い知ることができる。しかして、島中幹雄は被告会社北海道出張所長として、右代理権の制限事項を除けば、同出張所の担当する前認定の業務につき、被告会社に代つて売買契約を締結し、代金を授受し受取つた手形を取引銀行で割引き若しくは取立委任のために裏書し、及び小切手を振出す包括的な代理権を有していたことは前に認定したとおりであるから、このように広範囲な包括的代理権を有している以上他に特段の事情のない限り、手形裏書の代理権限をも含めてその担当業務に関するすべての行為を代理する権限を有しているものと考えるのがむしろ一般であり、また、子会社の関係にある訴外第三紙業株式会社が振出した本件の約束手形二通に保証の意味で親会社たる被告会社が裏書したようなことは取引界において日常行われている普遍的な事例であるから、島中幹雄にこのような代理権まであるものと信ずるのも無理からぬことであるということができる。殊に本件においては、証人鈴木貞一の証言によれば、島中幹雄は本件の約束手形二通に裏書する際、訴外鈴木貞一に対し、「自分は口頭で千万円以下の手形裏書行為は委されている」とか「自分の受取り手形を他に廻すことは一切委されている」等と言明した事実が認められるのであるから、以上の諸事情からみて、原告及び原告の代理人訴外鈴木貞一は、島中幹雄が本件の約束手形二通に裏書する当時、同人にその代理権があると信ずるにつき正当の理由があつたと認むべきである。

五、なお、約束手形に代理人として裏書署名する者がその代理人たることを表示するについては特別の方式の定めがない。要は代理人自身の行為ではなく本人の為めのものであることを認め得る程度の表示があれば足りるものと解すべきである。しかるところ、本件の約束手形である前掲甲第一、第二号証の各一の記載によれば、この二通の約束手形にはいずれも裏書人の表示として「札幌市北一条西三丁目三関東紙業株式会社北海道出張所所長島中幹雄」と記載せられているのであるから(北海道出張所が右表示の個所にあつたことは弁論の全趣旨に徴し当事者間に争いのないものと認める)、本件約束手形二通は、いずれも北海道出張所長島中幹雄が被告会社の代理人として裏書したものと認めるに十分である。しかして、前掲甲第一、第二号証の各一、二の記載によれば、原告は本件の約束手形二通を訴外株式会社北陸銀行を通じて、それぞれの支払を為すべき日である昭和二十八年三月三十日(満期たる同月二十九日は日曜日に該当する)に支払場所に呈示して支払を求めたが、いずれも資金不足等の理由によつて支払を拒絶されたことが、また、成立に争いのない甲第三号証の記載と原告本人の尋問の結果とによれば、原告は同年四月二十七日被告会社北海道出張所長島中幹雄に対し内容証明郵便をもつて右約束手形二通の償還請求の通知をなし、同通知書は翌二十八日島中幹雄に到達したことがそれぞれ明かである。

六、よつて、被告会社は、表見代理人たる島中幹雄が為した裏書行為により、裏書人として本件の二通の約束手形金合計金百二十三万円、及び右償還請求の通知が到達した日の翌日である昭和二十八年四月二十九日から完済に至るまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金(満期以後の法定利息金については請求がない)の支払を求める原告の本訴請求はすべて正当としてこれを認容することにし、訴訟費用の負担については民事訴訟法第八十九条を、仮執行の宣言については同法第百九十六条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 加藤令造 裁判官 田中宗雄 高橋太郎)

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